アロマセラピーの奥の深さを感じさせる体験

お産はいよいよ佳境に入ろうとしていました。スムーズに産婦さんをここまでリードしてきた呼吸法は、そろそろ限界を迎えつつありました。胎児心音の低下を気にしながら必死でなだめて介助するスタッフと、場の雰囲気にのまれてひと言も発しない夫の児守る中、彼女はしだいに半狂乱の状態になり、大声を張り上げ、手足をばたつかせて抑えつけざるをえない状態になってきたのです。

そこで、肌のぬくもり程度のお湯に数滴の真正ラベンダーの精油を落とし、タオルをつけてしぼり、彼女の顔にかぶせました。しばらくして顔をふいてあげながら、目と目をしっかり合わせるように言い、私を見ながらゆっくり深く息を吸うように指示しました。さらに陣痛の合間をみて、母親学級で書いてもらっていた「分娩時の要望書」を彼女に聞こえるように大きな声で読み上げました。

彼女が平静に戻るのに時間はかかりませんでした。やがて進行期のころのように、再び陣痛を受け入れ、子宮口をイメージしながら落ち着いた呼吸ができるようになったのです。そしてその後、二度ととり乱すことなく自分で計画した出産をみごとな落ち着きの中でやり終えました。

真性ラベンダーの精油は彼女が母親学級で一緒にかいでいたものでした。のちの彼女の前によると、この共正ラベンダーの香りにより、まず母親学級の仲間を思い出し、ともに「いいお産をしようね」と誓い合い、励まし合った日々と、母親学級で学んだ内容が走馬灯のごとく駆けめぐり、「みんなが応援してくれている」「がんばらねば」という思いが急速に高まり、平静をとり戻したとのことでした。

作り話のように聞こえるかもしれませんが、これは実際にあるお産に立ち合った際、体験したエピソードで、医学的にも十分納得できる話です。投与経路に関係なく脳は精油が最初に働きかける器官です。海馬に到達した刺激が、瞬時に記憶を呼び起こし、お産のパニックをしずめたのでしょう。さらには吸入を繰り返すことによりしだいに血中のセロトニンが増加して、静かなお産の一助となったのでしょう。アロマセラピーの奥の深さを感じさせる体験でした。